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私にとって歌うことは生きること、歌は心の音色 比嘉ひろ音

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比嘉ひろ音

Profile

1963年 鹿児島県生まれ 歌手・シンガーソングライター、ボイストレーナー。 現・鹿児島国際大学音楽科声楽専攻卒業。

少女時代
「ただ歌うことが大好き!!」
と本能の赴くままに唄いかなでる日々。クラシック歌手を目指して各師に師事を仰ぐ。そして、夢の音楽大学へ進学。 在学中、ウィーンのソフィエンザールで行われた世界音楽祭のコーラス部門日本代表の30人のメンバーに抜擢され渡欧。みごとグランプリ、ウィーン大使賞を受賞した。

 

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Recently in 私なりの活動 Category

LET'S SING A SONG!

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動物本来の鳴声を取り戻し、LET’S SING A SONG

 

この日も、みなさんと一緒に

 

深い深い呼吸とともに鳴く練習をしました・・・??????(笑)

 

動物本来の鳴声を取り戻したあとは、

 

想いのままに【ふるさと】その他、数曲を合唱しました~

 

歌は心・・・

 

 

 

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私たちはもともと歌いながら生まれてきました。

 


産声・・・動物本来の鳴き声それは生命への賛歌

 


この世に生を受け、はじめてみた光に喜びの歌を奏でた私たち。

 


そう、だれもがみんな芸術家

 


比嘉ひろ音は、神様からもらった歌声をつかって

 

できることを命いっぱい響かせたい。

 


そして、みんなが自分自身の声を取り戻し、

 

わけもない幸せを味わい

 


今、この瞬間に生きる勇気を思い出してもらいたい・・・

 

そんな想いを胸にライブ活動を展開しています。

 

 命は宇宙の力・・・

 

祈りと祝福を受けて生まれてきたということを

 

感じあえたら嬉しいですね!!


 

 

 

 

長町あすと

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長町あすとでは2回目のミニコンサートでした

 

「楽しみに待っていたよ!!」と出迎えてくださる方々もいらして

 

大変、心強く唄い奏でる事ができました

 

ありがとうございました

 

 

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ボランティアスタッフ

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震災後、主に仮設住宅に慰問コンサートに出掛けています

 

月に2回ほど平日に伺わせていただいています

 

 

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毎回、息子のPTA活動や部活動の父母会で

 

出会ったお母様方がスタッフとして参加してくださいます。

 

現地に入ってからの手続き、機材の搬入、会場のセッティング・・・

 

大活躍です

 

 

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このような方々のご好意があってボランティア活動が出来ている事

 

決して忘れないように唄い奏でる日々です。

 

感謝感謝

 

 

 

 

鎮魂と復興への願い

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nyukai2.jpg2011年3月11日14時46分


その日本観測史上最大の地震が起きました・・・


まだ冷めやらないあの震災から今日で2ヶ月・・・


犠牲になられた方々のご冥福を 心より心よりお祈りいたします。

 


仙台市内は殆どのライフラインが復旧し、日常生活を取り戻しつつあります。


そんな中、普通に生活している分には、震災の影響というものが直接的には見えにくくなってきました。


その分、被災地への配慮やサポートなど、意識が薄れてしまわぬように、今後もボランティア活動を長期的なスパンで続けていきたいと思っております。

 


友人より、良いサイトを見つけたと

下記内容でサイトの紹介をされました。


【復興の狼煙】ポスタープロジェクトというものです。


様々な想いを胸に秘めながら、

前を向いて歩み始めようとする釜石市民。


彼らから感じた「人間の強さ」、

そのままを伝えたいと願った盛岡の広告人。


苦しみながら悩みながら「今」を撮ることで

答えを見つけようとした東京のカメラマン。


その二人が立ち上げたプロジェクトで、

ポスターの収益は、撮影した自治体に寄付する予定との事です。


【復興の狼煙】ポスタープロジェクトホームページ→  

http://fukkou-noroshi.jp/

 


そして、最後に下記の言葉でそのメールは結ばれていました。


今はPray For Japanの時期ではなく、Action For Japanの時期である・・・


それぞれがそれぞれの立場で、行動を起こし、立ち上がらなくてはならないのだと思いますと・・・

 

 
今、私に出来る事・・・


6/26日に東日本大震災義援金チャリティーコンサートを開催します。


鎮魂と復興を願いながら、皆さんと祈りのひと時を共有できたらと思っています。

 

 

 

被災地の現実

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 昨日は先週、石巻でボランティアに伺ったお宅へ

お食事の差し入れをさせて頂きました。

 

 

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前回、ことのほかお食事を大変喜んで下さったので、

一緒に昼食を頂きながらいろんな話を聞かせて頂き、

楽しいひと時を過ごしてきました。

 

  

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ご主人との馴れ初めから青春時代のお話、子育てのお話と

尽きることなくお話下さるその笑顔は被災の最中にありながらも

今、この時を感謝の気持で生き抜いていらっしゃる強さを感じました。

 

 

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その後、買出しなどの申し出をしましたところ、被災の地にありながら実は石巻がどのような状況になっているのかを把握しきれていないとのことでした。


それもそのはず、未だ続く避難所生活の中、メディアといえば、最近配布される新聞のみ・・・


車は浸水し、自転車といえども70才過ぎたお年寄りには、あまりにも危険が伴いすぎます。


そのようなことで、ご迷惑でなければ被災状況をこの目で確認をしたいので、連れて行っていただけませんかとのことでした。


その話を聞いて、被災地の避難所暮らしが続く方々はライフラインの復旧どころか、現状すら把握できていないことにハッとさせられました。


車中、後部座席から聞こえてくるため息、以前の光景を懐かしみ彷彿させるようなお話の内容にどのような反応を示せば良いのか正直、戸惑いました。

 

先が見えない現実、錯綜する情報は本当はどれほど被災者の方々の不安と苛立ちを掻き立てているのかと思うと心が痛みます。


政府は復興対策本部などと銘打っていますが、まるで復興に向けたグランドデザインが決まってないように思えます。


復興を待っている人、停電で不自由している人、仮設住宅の入居を待ち望んでいる人達に何を伝えたいのか分からないですね。


もっと地元の宮城県が主体となって 復興計画を作成して、それを国が最大限支援するという態勢にはできないものでしょうか。

 

 

 

   

 

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仮設住宅の情報も錯綜する中、宮城県においては最初の完成引渡は
4月28日現在(13市町 1,312戸)と報道されています。

 
今日は名取市のボランティアに出かけてきました。
派遣要請の内容は避難所から被災者の仮設住宅への引越しでした。

 

 各避難所から仮設住宅に入居する人達の荷物の搬出をして、箱塚の仮設住宅へ搬入作業をするというものです。

 

市も仮設住宅への入居作業は始めてということもあり市の職員の方々自体が多岐に渡り把握しきれていないことが多く、またボランティアセンターとの連携が取れていませんでした。

 

それゆえの段取りの悪さで、ボランティアの方々の時間やお気持ちを悪戯に無駄にしたように思えました。
 

 私は仙台内ですから近隣ですので問題ありませんが、県外や遠方からお越しの方々には地元の人間として、とても申し訳ない気持ちがこみ上げてきました。

 

ボランティアセンターも派遣要請の【マッチング】と呼ばれる配属のコーディネートに臨機応変さがなく、対応する人たちも柔軟性がないため実際に作業につけるまでに数時間を要します。

 

【受付】→ 【手続き】→ 【保険加入】→ 【説明】→ 【マッチング】→ 【オリエンテーション】→ 【資材準備】→ 【待機】→ 【出発】

 

文字だけで見ると当たり前の段取りですが、その進行はもっとシンプルに改善すべき事ばかり。


安全性の確保という大義名分のパフォーマンスといわれても仕方ないことばかりです。

 

 

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お互いに二度と帰ってこない人生の貴重な24時間です。
被災地の痛みの一端を感じ、何かしらお役に立ちたいという真摯な人たちが居ても立ってもいられない心境でお越し下さっています。

 

受け入れ側の立場や諸事情も理解したい気持ちでいっぱいです。
理解したいと想う気持ちが強いからこそ、皆さんは我慢強くお待ち下さっているのではないでしょうか。

 

被災地である私達はその気持ちを当たり前に思わず、もっと感謝の気持でそのお心を受け取りボランティアの立場にたった受け入れ態勢を考え直す必要があります。

 

実際、現場は手薄です。
受け入れ態勢のこだわりと其れゆえの循環の悪さゆえに迷惑どころか、その気持ちを踏みにじっているような気がします。

 


【ボランティア迷惑】  大変、失礼な言葉です。
実際、被災地の現場においては決してそんなことはありません。

 

これでは、初心者がボランティアに対するトラウマを抱えそうです。
復旧には長期戦に及びますから、まだまだ多くの方々の手助けを要します。

 

参加者が生まれてきた理由(わけ)や意味を感じ、充足感や達成感を感じるような受け入れ態勢を整えてくれることを切に願いします。

 

各被災地のボランティアセンターで対応はことなりますことを最後に書き添えさせて頂きます。


※先日、私が伺った石巻に限っては、タイミングもあるかもしれませんが、マッチングのコーディネーターが柔軟で一時間ほどで現場に入れました。

 

 

被災地の桜

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桜は日本人がこよなく愛する花


年に一度しかお目にかかれないけれど


いつも心にある花


写メは被災地石巻のボランティアセンターの拠点である


石巻専修大学を優しく彩る桜



何を想い咲き誇る桜の花のピンクが


切なく瞳に映ったのは私だけでしょうか。

 

 

ボランティア ー春の痛みー

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先日は予定通り、ボランティアに行ってきました。

 

この度は被災者の痛みの一端に触れる事が出来て、

 

自己満足かもしれませんが、心の荷が少し軽くなったような気がします。

 

現地は想像以上の現実に何を見ているか解らなくなるほどの壊滅状態。

 

被災者の方々はこの現実の中で日々を過ごしていらっしゃいます。

 

 

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被災地の区分けとして宮城県は北部と南部に分けられますが

 

今回は南部の一番北の石巻というところに行きました。


石巻専修大学というところに石巻ボランティアセンターがあり

 

そこで諸々の手続きをして派遣要請のある民家に配属されます。

 

被災者からのニーズ表を手渡され、資材等を準備をしてその場所に自分達で出向きます。

 

 

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朝、6時半出発して現地にたどり着いたのは9時過ぎ・・・

 

ボランティアセンターの手続きは9時からで手続きを終え、

 

現場で実際に作業に取り掛かれるのは11時前です。

 

被災者は避難所に15時半には帰らないといけないので

 

私達の実働は数時間です。

 

日没までやりたくても、第一に安全性への責任を問われます。

 

派遣先は沿岸部から1キロの住吉地区にある民家。

 

この日は母屋の隣にある納屋の廃棄物、泥掻き、掃除の作業をしてきました。

 

泥だらけになりましたが、自分の心がスッキリしました。

 

 

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実際にボランティに行った娘と息子から、伺ったご家族に

 

ご飯類とみずみずしい果物を持っていくと喜ぶと思うよアドバイスを受けたので

 

【いなり50個】と【カットフルーツ】を詰め合わせて差し入れしたところ

 

予想以上に喜び、すべて平らげてくださいました。

 

避難所では菓子パンとお菓子続きで、集団糖尿病まっしぐらだね・・・

 

といいながら日々を過ごしていたとのことでした。

 

現地でのボランティアはまだまだ手薄です。

 

 

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千年に一回の出来事に遭遇した私達。

 

今、この時に選ばれて生まれてきた私達。

 

偶然の一致とも言える、必然を感じてみてください。

 


今、人様の役に立たずして、何時、お役に立つのでしょう。

 

ただ、今回、思ったのはみなさんボランティアへのお気持ちはあっても

 

おそらくそこに至るまでの手段が解らないのではないかと。

 

こちらは追って記していきたいと思います。

 

 

 

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